盛岡市の概況
盛岡市は、岩手県内陸部のほぼ中央に位置し、明治22(1889)年に全国31都市のひとつとして誕生して以来、岩手県の県庁所在地として発展を遂げ、現在は人口約30万人、面積886.47㎢で、平成20年4月1日に中核市に移行しました。
気候は、盆地特有の夏と冬、昼と夜の温度差が大きいのが特徴で、冬は氷点下10度以下になることもあります。特に薮川地区は、本州一の厳寒地として知られ、岩洞湖での「氷上わかさぎ釣り」には、毎年県内外から多くの釣り客が訪れます。
城下町としての趣、風情を残した町並みや、岩手山、姫神山などの秀峰を望み、北上川、中津川などの美しい清流が市中心部を流れる、豊かな自然と景観に恵まれたこの盛岡は、「みちのくの小京都」「杜と水の都」とも呼ばれ、特産品には「盛岡三大麺」(わんこそば、盛岡冷麺、じゃじゃ麺)や、「南部鉄器」「南部せんべい」などがあります。
歴史と風土に培われた伝統行事、民俗芸能も多く、6月には「チャグチャグ馬コ」、8月には「盛岡さんさ踊り」「舟っこ流し」、9月には「盛岡秋まつり」などが行われます。
郷土の先人には、原敬、新渡戸稲造、米内光政、金田一京助、石川啄木らがいます。
※資料
平成4年4月1日 都南村と合併
平成18年1月10日 玉山村と合併
盛岡市消防団の沿革・概要
寛永18(1641)年1月、江戸京橋桶町から出火した大火の際、当時江戸屋敷で謹慎中の身であった南部藩主重直公は、あえて禁を犯して家臣とともに町に飛び出し、勇猛果敢な活躍でこの猛火を食い止めました。将軍徳川家光公は、この活躍を激賞して直ちに重直公の謹慎を解くと、恩赦に感激した重直公と家臣たちは、以後消防の任務を熱心に研究したそうです。その後も世界三大大火の一つに数えられる「明暦の大火」での活躍をはじめ、江戸における南部藩の消防の功績はめざましく、「火事と喧嘩は江戸の華」といわれた江戸で、「南部火消し」はその名声を大いに轟かせたと伝えられています。
盛岡の町火消の先駆けは、天明3(1783)年に創設された「いろは組」と「ゑ組」で、文化10(1813)年の時点では、8組960人で組織されていたと記録にあります。「町火消組」は明治10(1877)年に「消防組」に改称され、第二次大戦下の「警防団」と呼ばれた時代を経て、昭和22(1947)年4月30日に「盛岡市消防団」が14分団体制でスタートしました。
その後、盛岡市の発展とともに組織も拡大し、現在では1本部、29分団(50部)で構成され、団員数は令和7年4月1日現在で、952人(うち女性団員82人)、消防車両は、消防ポンプ車45台、小型動力ポンプ付積載車31台を配備しています。
また、ラッパ隊や、無人航空機(ドローン)の運用を行う航空支援隊、救助用ボートの運用を行う水難救助隊、広報活動を行う広報部隊が組織されています。

南部火消伝統保存会
盛岡市消防団は、消防への限りない情熱と郷土愛、そして「自分たちの地域は自分たちで守る」という共通の理念を持って、日夜献身的に消防防災活動にあたるとともに、『南部火消伝統保存会』を組織して、「山車運行」や「裸参り」「纏振り」「梯子乗り」といった「南部火消し」の伝統行事の保存、伝承活動にも精力的に取り組んでいます。
盛岡秋まつりでの「山車運行」は、実りの秋を彩る盛岡八幡宮例大祭の華であり、祭りの主役ともいうべき豪華絢爛な“南部風流山車”の運行は、永く「南部火消し」たちによって担われてきました。市の無形民俗文化財にも指定されており、1台の山車に200人を超える引き手や笛、小太鼓、大太鼓等が参加し、例年7~10台の山車が3日間(9月14~16日)に渡り市内を練り歩きます。
消防分団からは毎年5台前後の山車を運行していますが、平成21年度は「盛岡山車300年」、「盛岡市制120周年」の記念の年に当たり、消防分団の山車に加えて、南部火消伝統保存会としては初めて山車を運行しました。山車の運行に併せて「纏振り」も披露し、盛岡秋まつりを大いに盛り上げました。さらに平成23年度は、3月11日に発生した東日本大震災において被災された方々への哀悼とお見舞いの気持ちを込めるとともに、被災地並びに本市の一日も早い復興を祈願し、2回目の山車を運行しました。
消防分団の山車は、以下のように昔ながらの名称等を用い、一般参加者を募って運行しています。
分団名 | 名 称 | 分団名 | 名 称 | 分団名 | 名 称 |
---|---|---|---|---|---|
第1分団 | は 組 | 第7分団 | 本 組 | 第13分団 | と 組 |
第2分団 | め 組 | 第8分団 | 三番組 | 第14分団 | た 組 |
第3分団 | 一番組 | 第9分団 | か 組 | 第15分団 | や 組 |
第4分団 | い 組 | 第10分団 | み 組 | 第17分団 | 青山組 |
第5分団 | よ 組 | 第11分団 | わ 組 | 第19分団 | お 組 |
第6分団 | 二番組 | 第12分団 | な 組 |
正月の年中行事として行われている「裸参り」は、古くから消防分団が主体となり、地域の神社等市内6箇所において今日まで続けられてきました。“無病息災”や“五穀豊穣”“無火災”等を祈願し、さらしを巻いた裸衆がお参りするその光景は、盛岡市の新年を代表する風物詩として広く定着しています。
「纏振り」は、全分団が独自の纏を保有し、消防演習や火防祭などで、美しく打ち振る鮮やかな手並みを披露しています。
神社等 | 分 団 | 期 日 | 神社等 | 分 団 | 期 日 |
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虚空蔵堂 | 第1分団 | 1/12 | 酒買地蔵 | 第8分団 | 1/11 |
教 浄 寺 | 第4・6・10分団 | 1/14 | 浅草観世音 | 第9分団 | 1/18 |
盛岡八幡宮 | 第4・5分団 | 1/15 | 桜山神社 | 第3・6分団 | 1/26 |
盛岡の「梯子乗り」は、今から270年程前の享保の時代に、時の盛岡藩主南部利雄公に加賀100万石藩主の姫君がお輿入れになる際に、加賀の国から同行してきた2人の鳶職人により伝えられたといわれています。古くから出初式などで披露されてきた盛岡の「梯子乗り」は、しばらく途絶えた時期がありましたが、平成元年の盛岡市制100周年を記念して『南部火消伝統保存会』により復活し、現在は5つの分団で梯子を保有し、消防演習等でその妙技を披露しています。
梯子乗り実施分団(計6個分団)
第1分団 | 第6分団 | 第8分団 | 第19分団 | 第21分団 | 玉山地域分団 |
これらの活動により、平成17年度に消防庁長官表彰「消防団地域活動表彰」を受賞したほか、平成22年には、南部火消伝統保存会が盛岡市市勢振興功労者表彰を受賞しました。
歴史と伝統のある行事を通して、地域住民の防火意識の高揚に寄与し、また、人との交わりの中から消防団に対する理解を深めていただくことで、団員の確保にも繋げています。
- 平成18年 消防長官表彰「地域活動表彰」受賞
- 平成21年 盛岡山車300年、盛岡市制120周年を記念し山車を奉納
- 平成21年 盛岡ブランド表彰「もりおか暮らし物語賞」受賞
- 平成22年 盛岡市市勢振興功労者表彰受賞